あしたのむこうがわ <93>
勝手に借金で期待しながら感謝を求める教科書
綾崎幸生

 「この教科書は、これからの日本を担う皆さんへの期待をこめ、税金によって無償で支給されています。大切に使いましょう」という文言が、一字一句違わず小中学校の全教科書(大半が裏表紙)に記載されています。私はこの事実を先月になって知り、周囲に尋ねても知らない人が多かったため、無知を恥じ入りつつ、今更ながらここで取り上げます。
 調べると、ある国会議員の働きかけで記載が始まったようで、教科書出版社に勤める知人によれば、15年も前に教科書協会から各教科書会社に通達があり、2008年から全教科書にこの文言が載るようになったとの由。検定を通すための各社苦渋の選択かと思いきや、受検に出す「白表紙本」には記載が無く、そうではないそうです。大抵の教科書編集者ならば、この極めて恩着せがましい非教育的表現を嫌うでしょうし、小さく目立たないような記載の工夫から、経営が懸かっている採択のために渋々と教育委員会受け狙い忖度をしているのではないかと、私は想像します。
 もちろん、子どもたちには感謝を言葉で表明することを教える機会がないと、なかなか言えるようにならないことは、子育てにおいてもリーダー研修のうえでも、重々承知しています。
 しかし、税金による無償支給は、憲法26条「義務教育は、これを無償とする」に則って大人・行政が義務を果たしているに過ぎません。かつて小中学校の教科書は親が買い与えねばならず、小学校の全学年で無償化されたのは奇しくも私が入学した1966年のことです(順次拡大され、義務教育9年間全てが無償になったのは東京五輪開催の1964年入学生から)でした。
 そして、今は子どもたちの小遣いで買った菓子や本からも税は徴収されています。しかも、無償のための原資は子やそのまた子らに背負わせている債務です。「勝手にあなた方の借金を作って無料で配ったので自由に使ってください」ならばまだ解りますが、「税金なので大切に使いましょう」とは、パラパラ漫画を書いても、友だちに裏切られてチクチョーと投げつけてもイケナイのでしょうか。
 さらに、この表示を取り上げて「無償で教科書を託された、日本や世界の未来を担う私達の責務」といった類の内容の作文が、コンクールで国税庁長官賞や日本税理士会連合会会長賞を受けていることも、見過ごせません。
 そもそも、「誰が」込めているのかを明示しないまま、国の将来を小学生にまで期待する社会とは、在り方としてどうなのか疑問です。
 こうした感謝の形の軽薄さを端的に表したのが、さいたま市立全小学校での医療従事者への感謝強要でした。4月上旬だったらいざ知らず、医療崩壊した欧米と間違えているのか、そこには病院の実情、恒常的なERやハイリスク産科の苦労、他分野の大変な現場への視線がありません。ブルーインパルスに乗せられて、あるいは乗っているだけではないでしょうか。
 これらは、園児に保護者への感謝を叫ばせる保育園・幼稚園や「二分の一成人式」(小欄82話)と軌を一にした動きですが、それでも他方、「仰げば尊し」で我が師に我が師の恩を歌わされる生徒は激減しています。誰が主人公なのかを考えて行動する人が増えるように、「期待」したいと思います。
あやざきゆきお=会顧問
[会報『くさぶえ』 20年7月号掲載]
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