あしたのむこうがわ <78>
みんなの意志でブラック部活からの脱却を
綾崎幸生

 夏を前に、中高生リーダーたちは学校の課外活動と、子ども会活動の両立に工夫を凝らしながら、エネルギーを消耗せざるを得ない日々を送っています。中には悩んだ末に、せっかく研修を進めてきたリーダー活動を断念して部活に専念する生徒も、少なくありません。
 本来なら、さまざまなものに触れいろいろな人に接することで視野を、行動範囲を、自らの世界を広げていける多情多感な限られた時期に、それでなくても狭い「学校」だけに拘束されてしまうなど、いかにももったいない。いえ、縛りが強ければ、人格すら歪められる恐れがあるのではないでしょうか。
 恐らく全国で同時多発的に生まれたのであろう「ブラック部活」という言葉を私たちが用い始めてしばらく経ち、「中学・高校の部活に休養日案」が報じられました。文科省も事態の深刻さに対してようやく重い腰を上げるようです。
 「えっ、休日案って? 休日無いの異常でしょう」が世間一般の感覚だと思いますが、'01年の調査では、全国の中学校の運動部は何と半数以上が週6日以上活動しており、同省によれば今も大きくは変わっていません。
 問題は休みの日が極めて少ないだけでなく、試合や演奏会でもないのに、単なる練習日も休めないところにあり(だからブラック呼ばわりしている訳ですが)、練習自体が目的化して、およそレクリエーションになっていない状況がいつまでも続いていることです。しかも、課外であるはずの部活が、県によっては、ほぼ全ての中学で事実上必修とされています。
 苦労した後に成果があれば深い喜びを得られ、そういう体験が重要なのは、もちろん解ります。挫折経験も確かに必要ですね。
 しかし、それらはひたすら苦行に耐える部活でなくても得られます。誰のための誰の部活なのかを吟味する必要を思い起こしましょう、そもそも「生徒の支配」に悦びを感じる顧問たち、「熱血」と呼ばれることに生き甲斐を見出す教師らのために活動する訳ではないという、当たり前のことを。疑問を持ちましょう、「生徒をあるものに夢中にしておけば良い」のかどうかに。
 部活動を懸命にやっていたからと言って種々犯罪を起こさない訳ではありませんし、「根性」が養われてきたはずの大学体育会出身社員が入社後三か月で辞めるのも、もはやザラです。理不尽なしきたりや決まり事に馴らされてきた学生こそが、ブラックバイトやブラック企業で耐性を発揮して、不当な仕組みを温存しているとも考えられます。
 他方、大手新聞社が春夏の高校野球大会を主催しているのと無縁ではないでしょうが、世界的にも相当珍しいと言われる小中学生の全国大会などは、勝利至上主義による部活の行き過ぎを招く要因として見直すべきです。それらが競技の強さに直結していないことも、各種国際大会を見れば明らかです。
 思えば、かつて不登校を登校拒否と呼んでいた頃から、心理カウンセラー内田良子さんは「会社に有給休暇があるのと同じように、小中学生にも自由に取れる休日を」と訴えていました。主体性が認められていない生徒の力では変えようのない現状を、保護者の合意形成で動かして、少しでも伸びやかな部活を増やそうではありませんか。
あやざきゆきお=会代表
[機関紙『くさぶえ』 16年7月号掲載]
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