あしたのむこうがわ <77>
エラー防止の原点は「人は誰でも間違える」
綾崎幸生

 この冬、期間中にエラーを二件発生させてしまいました。どちらも、大事に至ることではありませんでしたが、本来あってはならない思い込みや不履行からきたものです。事故防止に限らず、行事の質の確保や事務作業でも起きるエラーについて、どのような考え方で再発防止に努めていくかを述べます。
 1999年に米国医学研究所が「TO ERR IS HUMAN」(人は誰でも間違える)を発表して反響を呼び、翌年に出た邦訳本が日本でも多く読まれました。いくら間違えるなと言っても間違いが起きることを共通認識とし、それを原点に据える必要性が明らかにされたのです。
 100回に一度エラーが生じる安全策を三重に設けて実行したところで、単純計算で100万回に一度は穴が空く訳です。それが致命的なものであれば、取り返しがつきません。そこでミスをした人を責め立てた所で、何が得られるでしょう。それでなくても自らの失敗は矮小化報告されがちなのに、問い詰められればなお真相は語られにくくなります。そして、事実の解明と有効な再発防止策が遠のくのです。
 古くから航空事故調査委員会(現在の運輸安全委員会)でも、設置の目的を責任の追及ではなく、原因の解明および同様事故の再発防止と定めました。個人の過ちは組織・制度の不備から生まれることは近年常識となり、軽井沢スキーバス事故で報道される、過失の背景を究明する動きには社会進歩を実感します。
 とは言え、公益性の低い私的な場面では、まだまだエラーが個人の責任に帰されやすいでしょう。「少なくともこの作業では俺は間違えない」と言い切れる人が、他者のミスの繰り返しに怒るのは、「間違える人がいる」という前提への対処が不十分だからです。
 ある県下最大で高度医療を担う国立大学病院で立て続けに起きた手術後死亡事故でも、その改革委が出した報告書には、組織形態やヒエラルキーの問題と別に医師個人の技量不足を問うたうえ、今後はより能力の高いスタッフを採ることで質の向上を図るとあります。事故を起こした医師は辞め(させられ?)たようですが、どこかでまた働く(一人の育成に税金が1億円かかるそうですから簡単に転職されては困ります)し、どの病院でも能力の高い人は欲しいでしょう。自院のことしか考えていないようで、これでは抜本的な改革は難しいと思われます。
 医療界では近年、過ちを犯した職員を被害者に続くSecond Victim=第二の犠牲者と捉える考えが示されました。自らのミスで患者を死なせてしまった従事者も、遺族同様に深く傷つく実態があり、本当は再発防止に力を発揮すべき彼らの再起プログラムが模索されています。
 子ども会でも、行事運営や班活動において失敗がままあります。長い年月の間には、責任を感じて辞めてしまうリーダーも少なからずいました。しかし、それは大きな損失でした。
 そこで彼らがなぜミスしたのか、受けた研修の内容を吟味したり、エラーを未然に防ぐためには周囲のどんな支援が必要だったのかを検証したりして、失敗を繰り返さないことが全体の利益です。支えられたリーダーは甘えずに誰かを支えようと利他的的に動くようになり、また、失敗を告白しやすい信頼関係が築かれるなどの好循環をもたらします。
あやざきゆきお=会代表
[機関紙『くさぶえ』 16年3月号掲載]
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