あしたのむこうがわ <63>
平時に通じる安全防災教育の姿勢
綾崎幸生

 ご承知の通り、間もなく発生から丸一年となる東日本大震災は、おびただしい数の教訓を残しました。とりわけ、他人の命を預かる私共のような立場の者には、非常に多くの課題と求められる行動を顕在化させました。それでも、どんなに心の奥底に刻まれた反省や危機意識であっても、現に大半の人にとって昨春のそれらと今の感覚が異なるように、長期間保持し続けることは困難です。
 しかし、甚大な被害や奪われた大勢の命を無にしないために、そして野外活動の指導者、特に「めざすこと」を掲げた会のリーダーとして、生涯にわたりどこにいても、緊急時により適切な行動を取れるようにするために、各種研修会で安全を学び続けねばなりません。
 安全確保の面で私が注目する一例は、群馬大片田教授の指導により小中学生全員が助かった岩手県釜石市の津波防災教育です。1)想定にとらわれるな 2)最善を尽くせ 3)率先避難者たれ、の原則を掲げ、その場の判断力や危機を乗り越える主体性が重視されてきました。また、一家や地域を全滅させないように、家族のことを気にかけず、まずは一人ひとりがてんでんバラバラに逃げろという「津波てんでんこ」は、薄情のようでいて、実は各々の命に対する自己責任と、家族への厚い信頼があってこそ成り立つと捉えられています。
 これらの精神は、アルプス子ども会のリーダーにとって災害下でなく平時でも大いに重要なことがらであることに気づかされます。
 野外活動では想定外の事態がまま起こりますし、何のためにエネルギーをこの活動に割いているかを考えれば、常にベストを尽くすことも当然です。そもそも、大人としての指示・命令をできる限り排して、誰かに指図されるのではなく、子どもたちが自ら行動できるようにすることが活動の主柱であり、そのために、(ベテランや場の年長者でなく)中学生リーダーや新人学生リーダーに対しても率先して提案、行動することを求めます。何より、ヒエラルキーに護られた立場で物事を決めたり、元々持っている権限を行使したりするだけのことをリーダーシップの発揮と履き違えている人が多い世の中ですが、本来のリーダーシップとは、どんな立場でもおのれの信念に基づいて行動することではないでしょうか。
 「てんでんこ」の他者への信頼という点については、リーダーたちには常日頃「サッカー精神で行こう」と伝えています。誰かがボールを出してくれると思う所に自分が走ろう、あるいは誰かが走り出てくれそうな所にボールを出そう、という意味合いです。
 さて、他方、「誰かに指図されるのではなくて自分の頭で考えた行動」がなされなかったために、被害が拡大したと考えられる例も多々あります。しばしば釜石小と対比される石巻市大川小もその一つですが、私が残念でならないのは、宮城県山元町の常磐山元自動車学校で十代の若者が25名も亡くなった事態です。
 未経験の激震に遭遇し、少なからぬ人が津波の怖さやカーラジオの存在を知りながら、なぜ「即避難」が大きな声にならなかったのか。空気を読んでいたのでしょうか。管理者責任のほか、教官や学生らが受けてきた教育の中味も問わざるを得ません。
あやざきゆきお=会代表
[機関紙『くさぶえ』 12年3月号掲載]
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