あしたのむこうがわ <60>
「ひとつになろう日本」で少数弱者を守れるか
綾崎幸生

 異例の入学式中止や授業開始の大幅遅延により懸念された今年の新人学生勧誘活動でしたが、幸い多くの応募があり、合宿研修を経た二次選考を順調に終えました。若者気質として近年顕著になってきている、瞬時に空気を読み取る行動(往々にして即座に行動しないこと)にはますます磨きがかかっているので、講義中の冗談に対しても誰一人クスりともしないか爆笑が起きるかのどちらかといった有様です。周囲の様子を窺(うかが)わずに挙手する学生など皆無で、出演者の表情を小枠に映すテレビ番組や携帯メールの悪影響を思い知らされます。
 この状態から自分の考えで行動できるようにするためには、かなり意識的な働きかけと彼らが安心できる相互関係を築くことが不可欠ですが、それまで彼らが受けてきた「指示に従って動けば済んだ教育」と相まって染み込んだ行動様式を本質的に変えるのは困難です。
 地震から三日後の夜、東京近郊の大型スーパーに買い物に行くと、そこには信じ難い光景がありました。背筋が寒くなる思いとはこういうものか、食品が全く無い棚が広いフロアに延々と続いているのです。正確にはタレ類、缶飲料、小型ペットボトル類だけは残っていましたが、他はほぼ全て売り切れ。パニックに陥ったのです。ご承知の通りガソリン店にも客が長い列を作り付近は大渋滞、それらの報道に接した西日本の親類縁者からは食品や雑貨まで大量の物資が関東に送られる始末でした。
 無論、それだけ尋常でない震災体験だったのでしょうし、皆と同じ行動をしていれば安心なのかも知れません。オイルショック時のトイレットペーパー騒動は古すぎて反省を活かせなかったのは仕方ありません。が、非常時こそ冷静に判断して行動することが求められるはずで、実際に地震当日は多くの人が落ち着いて過ごしたと言われます。
 そんな中、社会の規範たるべき大学が、「安全安心」「被災者への配慮」の名の下に軒並み卒業式を中止したことは、どうにも許せません。本来、出席できる人がすれば良いことで各自の判断に任せるものではありませんか。知識人達にとっては、レンタル袴業者やホテルで働く非正規雇用者の生活など、取るに足らないことであり、挙行で「もしも何かあった時」に負わされる責任を回避したいのでしょうか。いずれにせよ、大して祝う気持ちが無いか、式の必要性が低いかであることは明らかになりました。
 さて、少数への配慮という点で、深い疑念を抱かざるを得ないのが、ある大手メディアが展開している「ひとつになろう日本」キャンペーンです。「今こそ日本中の人々がひとつになって立ち上がり、復興へ向け、そして未来へ向けて踏み出して行こう」という趣旨であっても、皆が心を一つにした結果が、食品・燃料・紙パニックであり、原発城下町での津波危惧論者の異端扱いだったのではないでしょうか。現に私は原発是認者ゆえに、彼らの言う危険性に耳を傾ける力が弱かったと自省しています。
 「進め一億火の玉だ」と違うことは承知していても、周囲からの同調圧力を異常なほど感じている今の若者たちに対しては「ひとつになろう」ではなく、ここはむしろ多様な日本、多様な意見を尊重し合う機運を高める必要があるのではないかと考えます。
あやざきゆきお=会代表
[機関紙『くさぶえ』 11年6月号掲載]
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